腰の上で重ねた両手首を拘束した縄は、二の腕と乳房の上部を同時に締め上げてきた。両脇の下を通った縄が胸の縄に掛けられ閂を施される。紗菜は思わず身じろぎしてみたが、手首に掛かった縄は外れそうにない。
「これだけで動けないはずだぞ」
背後で縄を操っていた井口が耳元で囁きながら、紗菜の首筋に縄の束を這わせてくる。奥歯を噛みしめずにはいられなかった。そうでないと、唇から声が漏れてしまうからだ。すると、髪の毛を掴まれて背けていた顔を正面に引き戻される。会社帰りの淡いベージュのブラウスとサーモンピンクのタイトスカート姿で縛り上げられている途中の自らの姿が、姿見に映る。
「ちゃんと前見てないと、お仕置きだからな」
乳房の下にも縄が掛け回され、首の両脇を通った縄が胸の上下を走る縄をまとめて絞り上げる。根元を絞り上げられた乳房が張り、乳首がブラジャーの裏地に擦れる。背中に繋がれた縄が天井から吊されたカラビナを通された。その縄を引き絞られると両足の踵が浮いた。そのまま縄を留められ、やや爪先立ちのまま後ろ手縛りで吊された格好となった。
「んっ……」
「こうされると乳首が立ってくるんじゃないか?」
「イヤっ」
言い当てられた口惜しさを悲鳴に紛らせるしかなかった。
「そんなこと言ってると、いつまでも借金を返せないぞ」
せせら笑われて少し我に返った。今日ここにいる理由を思い出したからだ。紗菜は大学を卒業して就職したブラック企業を一年で退社し、アルバイトや派遣で何とか生活し、気付いたら27になり、在学中に借りていた奨学金の返済に行き詰まっていた。
そんなとき、友人を通じて紹介されたのがこの井口という四十絡みの男だ。新宿のシティホテルのラウンジで会ったとき、都内で学習塾チェーンを経営し、経済的に困窮している学生の相談にも乗っているという男は理知的で穏やかな雰囲気と清潔感を漂わせていた。雪白の肌、派手ではないがパーツの整った顔立ちを品のよさげな言葉で褒めながら、井口がほどよくムッチリとした体つきに油断なく視線を走らせているのは紗菜にも分かっていた。
月に一度、四谷にある井口所有のマンションに通えば、奨学金の返済を肩代わりし、紗菜の住む部屋の家賃も負担するという条件を提示してきた。申し出を断る余裕はなかった上、ちょうど恋人とも別れたばかりだったこともあり、仕方なく承知したところだった。
「こんなプレイは初めてか?」
井口はブラウスのボタンを一つずつ外しながら問うた。即座に首を縦に数度振った。淡いオレンジ色のブラジャーが覗いたところで、紗菜は鏡から目を逸らした。
「ほら、また目を逸らしてる」
井口は紗菜の髪の毛を掴み、顔を正面に向けさせた。肩まであるストレートの黒髪を乱暴に扱われ、顔が惨めに引き攣った。
「だって恥ずかしいんですもの……」
透き通るように白い肌が薄桃色に染まっていた。ブラウスのボタンが一つ一つ外され、引きはだけられる。
「フロントホックのブラジャーをしてくるなんて、好都合じゃないか。形のいいおっぱいをさらけ出してほしかったのかい、こうやって?」
ブラカップを捲り下ろされ、Eカップの乳房が露出させられた。上下を縄で搾り出されているせいか、青い静脈の浮いた乳房は冬瓜のように突き出ている。その先端にある桃色の乳首は既に充血していた。
「やっぱり乳首立ってるな」
乳房の根元から乳輪に掛けて指先をツーと這わせながら井口は嗤った。
「そんなことありません……。もう許してくださいっ! お金要りませんから、もう帰して……」
「今さらそんなことを言い出すとはな。奨学金を返せなくなってもいいのか?」
乳首の周囲を周回するように指先を踊らせながら井口は問うた。
「や、やっぱりこんな恥ずかしいこと、イヤです……」
「乳首に触ってほしくて仕方ないくせに。腰がエロくクネクネ動いてるのはどういう訳かな?」
井口はスカートを捲り上げながらストッキングに包まれた尻を撫で回す。
「痴漢みたいなことしないでっ」
「失礼な物言いだな」
臍のあたりを彷徨っていたもう片方の手がパンティの中に侵入してきた。悲鳴を上げるまでもなくチクリとした痛みが走った。
「おや、意外に黒くて艶があるねえ」
鼻先に突き付けられたのは、パンティの中の叢から引き抜かれた縮れ毛だった。
「イヤあっ」
「結構濃いねえ。処理をサボってるのかな?」
もう片方の手で叢を撫で回しながら、井口は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「もうこれ以上しないで……。もう解放してくださいぃ……」」
切れ長の目尻から溢れた涙がひと筋ふた筋、赤く染まった頬を伝い落ちる。
「そんなにイヤなら、わたしとひと勝負しないか? それに紗菜さんが勝ったら、今回の話はなかったことにしよう」
井口は指先に乗せた縮れ毛を吹いて飛ばした後、片頬を吊り上げた。
「どうしろって言うんですか?」
紗菜の問いは涙声となっていた。
(続く)