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    芝居

    ショーツを脱がされ、剥き出しとなった肉芽を擦り上げる大橋の指は、加速度を増している。梨花はここぞとばかりに呼吸のピッチを速め、透き通った喘ぎ声を張り上げた。
    「あぁっ、ダメ……逝っちゃいそう」
    「もう逝くのか? 随分感じやすいんだね」
    「だって、大橋さん上手だから……」
     わざと消え入りそうな声で応じた。これなら大丈夫そうだ。こんな男に逝かされるほど、自分は柔ではない。麻縄で緊縛された上半身を揺すり、口を半開きにして喘ぎ声のピッチを上げながら、梨花は心中で舌を出した。
     一応は30年近く結婚生活を送ってきたせいか、大橋と名乗る男のテクニックは、そう下手ではない。だが、梨花はこの情事を早く終わらせたかった。SMプレイ歴は2-3年だと聞いているし、経験が少ない割には女体の要所要所を締め上げてくる緊縛の腕も悪くない。一時、SM趣味のある医者のプレイ相手を務めた梨花にも、そう思わせるだけのものはあった。
     だが、大橋は小柄で、女性としては平均的な背丈の梨花とほとんど変わらない。そのくせ、下腹は醜くせり出している。脂性の髪の毛は両サイド以外ほとんど残っておらず、歯並びも悪い。連れ込まれたのは大久保の場末のラブホテルだ。金がもらえなければ、絶対に相手にもしないレベルの男でしかない。
    「あぁん、そんなことしちゃダメぇ、気持ちいいっ」
     調子に乗って乳首を吸い転がす大橋に調子を合わせ、梨花は演技を続けた。アダルトビデオに出演したのは、専門学校時代の5-6年前だ。茶色く染めた緩くカールした髪に、若い女性が読む「赤文字系」ファッション雑誌から抜け出てきたような服装、美人とまでは言えないが、十分に可愛らしいと評される容貌。芝居は大して上手くなかったため、AV女優としての人気はいまいちだった。それでも、こんな冴えない中年男を騙す程度なら簡単だと信じている。
    「許して、もう逝く。ああっ、いっくぅ……!」
     ベッドの上で、上半身を仰け反らせて見せた。わざと荒い呼吸を繰り返し、霞んだ瞳で大橋の目を見つめる。一度逝ったフリをしてやれば、若い女とのSMプレイできるだけで満足なはずの中年男は、自分の身体を求めるだろう。ちょっとフェラチオしてやったら、すぐに挿入してくるに違いない。コンドームだけはしてもらうよう、念を押さなきゃ。そしたら、約束の金を受け取って、さっさと帰ろう。明日は本命の彼とのデートなのだから。
    「ふふふ、もう一度逝かせてやろうかな」
    「いや、もうたまんない……。ちょうだい、大橋さんのものを」
    「もう一回ぐらいは、おれの指で逝かせたくなってきたよ」
    「これ以上されたら死んじゃう……」
    「いいから、こっちに来い」
     大橋は梨花の背中の縄を掴むと、彼女の身体をベッドからバスルームの鏡の前に引きずっていった。
    「痛い、ベッドでして」
    「趣向を変えないと面白くないよ」
     表情をニタニタと崩し、並びの悪い歯を剥き出しにした大橋は、鏡の前に立たせた梨花の尻から手を差し入れた。
    「あんっ、イヤ、こんなの」
    「嫌いじゃないくせに。2回続けて逝かせてやるからな」
     大橋は中指の第一関節の腹で、梨花の肉芽に花蜜を塗りつけてくる。もう一方の手では、乳首をつまんで揉み転がす。
    (早く終わらせたいのに……。このオヤジ、結構ネチっこいわね)
     腹の中で毒づきながらも、身体の芯が本格的に燃え上がってきそうな懸念が、梨花の頭をよぎる。
    「うぅん、イヤぁっ」
    「可愛い声してるねえ。もっと聞かせてよ」
     乳首を弄んでいた手が、梨花の唇を割って口の中に忍び寄ってくる。仕方なく、梨花は大橋の指に舌を絡ませた。
    「フェラチオもそんな風にしてくれるのかな? エッチな娘にはお仕置きだ」
     大橋は梨花の形の良い鼻をつまんだ。
    「何するのよぉ……。止めてください」
    「可愛い顔を崩されると、どうなるかな?」
     大橋は梨花の鼻先を人差し指と中指で強く押した。いわゆる「ブタ鼻」になり、鼻孔がひしゃげた形に広がる。
    「ホントにイヤぁ、それ許してえ……」
     梨花は今日初めて本気で抗った。だが、大橋の力は意外に強く、梨花は顔を振り立てることができない。大抵の男に可愛らしさを褒められる顔を、醜いブタ鼻にされたのは初めてだ。そんな情けない表情を、目の前の鏡が容赦なく映し出す。
    「あああっ、酷い……。女を何だと思ってるのよ……?」
    「とか言いながら、さっきより濡れ方が激しくなってるのは、どうしてかな?」
     大橋はわざと蜜壺の入り口のあたりで指を蠢かせ、ピチャピチャとする水音を大げさに響かせる。小作りながら形良いパーツがバランス良く並んだ顔を弄ばれ、唯一の自慢を汚された気がした梨花は、久々に味わわされる本物の屈辱感に全身を汚されるような錯覚を覚えた。すると、大橋の指は再び肉芽を襲ってくる。
    「ああ、もうっ……」
     梨花は大腿の筋肉を硬直させる。腹は小刻みに震え、うっすらと汗を浮かせた全身は桜色に染まり、自然と火照りが強まる。双眸には涙を浮かべ、期せずして激しさを増した呼吸が一瞬止まった。
    「うぅっ……!」
     直後、梨花の全身の緊張がほぐれた。思わずその場にしゃがみ込みそうになったが、大橋が髪の毛を乱暴に掴んでそれを許さない。
    「ホントに逝ったときは無言なんだねえ」
     バレていたの――。梨花は押し黙ったままだ。予定外に強いられた絶頂のせいで声が出ないわけではなかった。
    「逝ったフリがばれてないとでも思ってたのか? 随分と稚拙な演技だったよ。あ、今のも芝居かな」
    「違います……」
     ようやく、梨花はその一言だけを絞り出した。
    「それも嘘かもしれないな。下手な芝居を打つ気がなくなるまで、幾らでも揉んでやるから、覚悟しな」
    「ああ、立ったまま逝かされるの辛いのよ……」
    「本当かな? 嘘つきの言うことだから、素直には受け取れないよ。さ、もっとしんどい目に遭わせてやる。もちろん、部屋の時間延長は覚悟の上だよ。せっかく金を払うんだしな」
     部屋の中に置かれたバイブの自動販売機を思い浮かべる大橋の顔には、下卑た笑いが広がった。梨花はこの風采の上がらない中年男を舐めて掛かったことを、後悔し始めていた。
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