仕事をしているときの10分は短い。が、同じ時間が1時間にも匹敵する長さに感じられるときもある。由佳は正に、そんな状態に陥っていた。
「まだ1分しか経ってないぞ。もう脚がガクガク言ってやがる。あと9分、本当に我慢できるのか?」
北井の操る筆が由佳の耳から首筋、そして乳房を自在に這い回る。のど元まで迫った喘ぎ声を堪えるのは、既に困難となっていた。だが、声を発したら、一からやり直しだ。姿勢を崩すことも許されていない。
由佳はショーツ1枚だけを身に着けた裸身を後ろ手に縛り上げられ、両足は肩幅よりやや広げた姿で、畳の上に立たされていた。ちょうど「人の字縛り」のような格好だが、上体は壁や天井に繋がれているわけではなく、懸命に踏ん張る両足も自由なままだ。北井が命じたのは、全身を筆で擽られながら、10分間同じ姿勢を保ち、声も出さないことだ。北井は律儀にも、由佳の目の前で10分後にブザー音が鳴るようにセットして見せ、スタートボタンを押し、側にあったテーブルの上に置いた。由佳の目からも時間の経過が分かる位置だ。
(……くうっ。鬼……)
思わず蕩けそうになる顔をどうにか引き締め、由佳は北井をねめ付ける。すると、北井の筆は由佳が最も触れて欲しくない部分の一つである乳首の先をチョロチョロと撫で回した。
(何でこんな時だけ乳首を……)
普段のプレイで、北井は由佳の乳首を散々焦らした後でないと愛撫しない。上下を麻縄で固められ、神経が張り詰めたようになった乳房の裾から頂点に向けてらせん状に指を這わせたり、乳輪の周囲だけを執拗に舐め回したりする。根負けした由佳が何度もねだった末に、ようやく乳首を一瞬だけ指で擽ったりして、かえって行き場のない由佳の性感を炙り立てるだけだ。
「大分きつそうだな。『うー』と唸るぐらいなら、許可してやる。あと7分だ」
北井は窓の側から引きずってきた簡易応接セットの椅子を由佳の前に置き、どっかり座った。腰を据えて由佳を嬲ろうというのだろう。乳首をサワサワと筆先で擽りながら、もう片方の乳首を舌先で突っついた。
「あうっ……」
思わずうめいて、由佳はしゃがみ込んでしまった。片膝をつきながら何とか立ち上がろうとするものの、力を入れすぎた脚は、再び崩れてしまう。下から北井を見上げる視線には、恨みと哀願が相半ばしている。
「5分も保たなかったか。ほら、しっかり立て。やり直しだ。今度は10分間我慢してみせるんだ」
由佳を助け起こしてやりながら、北井は冷淡な調子で言った。
「10分なんて無理ですっ。せめて5分にしてください……」
上半身を緊縛されたバランスの取りにくい身体を、2本の脚だけで支えるのは、困難に違いない。
「本当は20分にするところを、10分に負けてやっているんだ。この程度で泣き言を抜かしてるんじゃない。タイマーを見ろ。今セットしたら、我慢大会の再開だ」
ピピッという電子音が鳴ると、北井は椅子を由佳の背後に移動させて座り、肩甲骨のあたりから背骨に沿って筆を走らせた。
「ひいっ!」
「さっきのに比べたら、生温い方だろうが」
筆は腰の上で重ねて縛られた由佳の手のひらや指への責めに移った。くすぐったいことには違いないが、この程度なら耐えられなくはない。タイマーを見ると、いつの間にか3分が過ぎている。早く時間が過ぎてほしい――そう願った瞬間、筆の柄の先がショーツの二重底となった部分を突いてきた。
「あぁーんっ」
「今のイヤらしい声は見逃してやる。こいつはどうかな?」
固い木の棒が絹の上から淫裂を縦に往復している。由佳は何とか唇を噛みしめ、漏れ出しそうになる喘ぎ声を必死で抑え込んだ。膝と腰はブルブルと震え、人の字の姿勢を維持するのはほぼ不可能な状態だ。さらに、割れ目の頂点で充血している肉芽をリズミカルに押されると、ついに大声で叫んだ。
「そんな……。そんなことされたら、我慢できるわけないでしょ! 許して……」
由佳は腰を落としてしゃがみ込むと、半泣きになりながら訴えた。
「だったら、きょうはこれを使わせてもらおうか」
北井はSM道具用の大型カバンから、数珠を繋げたような形の細長い棒を取り出した。根元にはスイッチボタンが付いている。
「アナルバイブなんてイヤですっ」
「そう毛嫌いするもんじゃないぜ、これ。まあいいや、考える時間を3分間やろう。おまえの選択肢は、引き続きくすぐりに10分間耐えるか、アナルバイブを受け入れるかのいずれかしかない。おれはどっちでも構わないがね」
「そんな……」
「3分以内にどっちかに決めた方がいいぞ。決心が付かなかったら、両方試してやる。明日は日曜日だ、ここをチェックアウトするまで徹夜したっていいんだからな」
由佳の目の前に広げられた風呂敷に筆とアナルバイブが置かれた。短時間で究極の選択に対する回答を迫られた由佳は、小刻みに震えながら、自らを弄ぶ玩具を見つめていた。
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